ヒノクニッキ

熊本生まれ熊本大好き普通の主婦。できることをしていきます。

プロフィール:現在アラサーの私の人生

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現在アラサーの私の人生。

大きな転機ごとに浮き沈みがあり、光と闇の世界を繰り返します。

私のプロフィール。これを書くの悩みましたが、今の私をつくっているのは今までの環境や出来事だし、いろんなブロガーさんのブログを読み、みんなそれぞれが色んな想いを抱えて、”ブロガー”というところに辿り着いているんだなって思ったら、私も書こう、と思いました。

小学校時代(光)

何も考えず、毎日帰ったらランドセルを放り投げ、チャリで遊びに行っていました。

小学校の入学式当日から、寄り道して帰ってこなかったらしい。またある日は、17時すぎても帰ってこないため、親たちで必死に探したらしい。

次の日学校で、一緒に遊んでいた友達が、怒られてじいちゃんに外の木に縛り付けられたと言っていて、衝撃すぎて今でも覚えている。そんなじいちゃんいるんだ!と。

でもとにかく毎日が楽しかった。

公園行ったり海行ったり秘密基地つくったり駄菓子屋のおっちゃんと仲良くなって間違えておっちゃんに先生!とかお父さん!とか呼んじゃうくらいに。

中学時代(闇)

あまり記憶がありません。まじで何も考えてなかった。いろんな小学校から人が集まる中学。自分を出せず、自分に自信がもてず、控えめに控えめに、生活してました。

金髪や赤毛の先輩が、階段に座ったりしていて、階段通るのももうほんとこわかったという思い出があります。目つけられないように必死だったんです。

そんな中、部活やったり、生徒会やったりしている友達がなんだかキラキラして見えていた。

中3のクラス替えで、ちょっとだけ勇気を出して中3クラス替えデビューをしました。
(たとえば1発目の授業で手あげて発言してみるとか。急にキャラ変更するとビックリされると思って、中3クラス替え後の最初の英語の授業で手あげた。今でも覚えてる)

そこからはモー娘。やらw-inds.とか歌って踊ったり、いたってまじめにTHE中学生的な生活を過ごしていました。成績も、フツー。 

高校時代(光)

行きたかった高校がありましたが、中学の担任の先生に、

私の学力的にそこは無理だと言われ、であれば近所の高校に行って、そこで流されずに頑張って上をいきなさいとアドバイスをもらいました。

何も考えずに過ごした中学時代に大後悔をしていた私は、充実した高校生活をすべく、

この担任の先生の言葉を忠実に守って、高校3年間を過ごそうと決めました。

が、その近所の高校は荒れていると有名で、ヤンキーの先輩たちがこわくて仕方なかった私は、本当は行くのが嫌でした。

高校入学時に決めていたこと

・高校3年間皆勤賞とる
・部活をする
・ダンス習いに行く
・生徒会に入る
・テストで1位になる
・周りに流されない

中学時代の激しい後悔から、こんな目標を立てていました。結果、テストは1位になったのは1.2回でしたが、当初掲げた目標、全部クリアしました。

何でもうまくいって、やりたかったこと全部できた黄金期。

やり残したことなにもない、全力でやりきった高校時代。

進路を考える 

ここから先は、今現在の私をつくりあげた最もデリケートなお話。

私が行った高校は(今は知らないけど)高校卒業後に4大に行く人はほんの数人、というところでした。そこに早稲田大学からの指定校推薦がきて、先生たちがどよめきました。
もともと九州内の大学に行くつもりだった私ですが、たまたま校内選考に受かって早稲田に行くことになりました。

こんなことを書くと、たくさんの批判がありそうなのですが、、、それまで早稲田大学という名前すら当時の私はたぶん知らなくて、どんな大学かも知らなかったんです。。

指定校で行くことが決まってから、校長室に呼ばれ、中学や小学校の先生に報告しにいきなさいと言われました。そして

「お前は大学に行ったら確実に1番下なんだから、バイトするな、サークルするな、学祭とか打ち込んでばっかにならずに、まじめに大学行って勉強して単位をとれ」と。

そんなことをいろいろ言われて、え...早稲田ってどんなとこなの?!そこまでしないといけないようなところなの?って。

先生たちは私を思って、私の何でもやりたがる性格を分かって、心配して言ってくれた言葉なんだと思います。

でも、この言葉が今後しばらく私を苦しめることになりました。プレッシャーに押しつぶされた。

いま客観的に見ると、先生ちょっと言い方ひどくない?と思うけどw

大学時代(闇)

高校で言われた言葉がずっとひっかかって、早稲田にはすごい人たちばっかりだから、バカな私はできるだけ目立たないように、まじめに、過ごそうって思ってビクビクしながら入学しました。入学式前日に謎の高熱を出しました。
高校で言われたことを忠実に守って4年間過ごしました。

自分に自信が持てなくて、怖くて、とにかく心細くて、出席だけはちゃんとしようって、大学も皆勤賞レベルに通いました。友達の代返も何度も何度もした。出席カード何枚も書いた。

私が見てきた一般的な大学生は、かなり遊んでました。大学にも全然行かない人もたくさんいるし、友達に代返頼んで授業出ない人もいっぱいいた。ひたすら飲んで騒いで、それが生きがいみたいにとにかく飲み会をして。

私は4月最初の新歓コンパで大学生の飲み会のノリを目の当たりにし、ドン引きし、こわくなって、大学4年間でそういったバカ騒ぎする飲み会には一切参加しませんでした。というか、そういうノリや場にテンションを合わせることができなかった。

でもきっと、そういうノリや場に属している人に対しての羨ましさみたいなのもあったとおもう。

就活

遊ばずまじめに大学に通って、いざ就活。ほんとにうまくいかなくって、何度も挫けた。ほんとに自分はできない奴だって何回も思ったし、行けば就活どう?って話になるのが辛くて大学にも行きたくなかった。

4年間唯一私がちょっとだけ大学に行かなかったのはこの就活の時期です。やっと内定が出て、就職できることになりました。が、この時点でも私は自分のダメさを痛感し、もっともっと自信がなくなってしまっていました。

まじめに大学に通った結果、単位も落とすことなく卒業できました。後になって思うことは普通にしていれば単位落とすことってないよ。

遊びまくって大学来なくて単位落としまくってても卒業できて、就活もすぐ終わる人もいっぱいいる。きっとそういう人のほうが、要領が良くて、コミュニケーション能力もあって、社会に出て活躍できる人なんだろうなあーと思ったりする。

私はきっと正反対のタイプ。

卒業できて、高校の先生たちも安心したみたいでした。(報告に行った)

 

でも、卒業してみて思うのは、もっと遊べばよかったってこと。
大学生らしいこともっとしたらよかった。後悔しても遅いけど。 

社会人(光&闇)

闇の大学時代から、やっと決まった就職で、最初はやる気に満ち溢れていました。同期にも恵まれ、楽しく社会人生活を送れていました。最初は。

しかし..人間関係に悩まされて、病みます。

キラキラ輝いている同期が羨ましくて、自分が情けなくて。

その後、希望を出し配属を変えてもらいました。その部署では、周りの人にも恵まれ、楽しく仕事をさせてもらえました。今でもよくしてもらっていて、本当に感謝しているし、大好きです。

が、そんなときに転職の話をもらって、悩んだ末に転職してしまいました。せっかく部署を変えてもらって受け入れてもらったのに、本当に申し訳ないことをしてしまったと、ずっと心残りで反省しています...

その後いろいろありもう1回転職して、辞めて今です。

現在

もう会社に入ってたくさんの人の中、組織の中でやっていくことに不安しかない。

人間関係をうまく築いていける気がしない。

せっかく早稲田出たのに会社辞めてて周りから思われてるんだろうなと思うと情けないし、親にも申し訳なくなります。

でも早稲田行ったからって必ずいいとこに就職できる時代じゃないし、こうやって会社やめてるひともいます。悩んでる就活生、新社会人たくさんいると思うから、少しでも、あ、こういう人もいるんだなって思ってもらえたらいいなと思う。

ブログの世界には、会社辞めていいよ!って後を押してくれるような人がたくさんいて、そういう人の生き様を見ていると、私が悩んだり心残りだったモヤモヤが少し晴れていきます。私の選択は間違ってなかったのかなぁって少しは思えます。

この話っていままでこうやってきちんと並べて話したことも書き出したこともなかった。目を背けてたから。でも、書いたらなんかスッキリした。

 

急ぎ6月までに仕事を決めないと、息子が保育園通えなくなるので、ブログを書きつつ色々と悩んでいるところです。

ゆるっとパートをはじめましたっ!

 

長くなりましたが、こんな私をよろしくお願いします。